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最近の事

先日、5月9日に父が他界しました

最近ようやく気持ちも落ち着いてきましたが
でもやっぱり思い出しては悲しくて涙が出てきます

以前日記にも書きましたが
うちの父親は子供でも平気で脅しをかけるような人でした
でもこれがどこまで本気なのか私には見当がつかないままで

父が東京から千葉へ引っ越したのを機に
余り付き合いをしなくなりました
私は父を避けるようになりました
電話を貰っても出ない事もありました


亡くなる2週間前に
東京へ出てきたので遊びによってもいいかと
連絡を母(二度目の母)から貰ったのですが
その時は本当に外せない用事があり
断りました・・・・

まさかその2週間後に突然亡くなると思ってもみなかったから

「又今度、今度遊びに来て」

もうその今度は無いのに・・・・


生きていて当たり前
そう思っていました

明日も明後日もその後も・・・

悔やみました
自分の事を許せない気持ちでいっぱいになりました

どんなに酷い仕打ちを昔受けていたとしても

私の親なんだ私の親に変りは居ないんだ


父が亡くなってから思いだすのは
優しかった父の姿

優しい父の思い出ばかりが溢れて来るんです

64歳の若さで亡くなってしまった父
どんなに無念だっただろうか
脳内出血だったので痛みも苦しみも無く
亡くなっていったことが唯一の救いだと思っています


父は中華の料理人です
何を作っても美味しかった
我が家は母の味でなく父の味です

私が小学校のころよく母にいじめられていたときがあって(今は仲良いですよ(笑))
そのつど父がかばってくれて
良く夫婦喧嘩になっていたっけ・・・

そういう家庭環境があって私は15歳で家を出ました
でも間、間で父と同じ職場で働いて
楽しい思い出も沢山あります
辛い思い出や腹立たしい思い出も沢山あるけど

亡くなってしまった今そんな嫌な思い出は何処かに仕舞い込みました


私はお父ちゃんが大好きだったんだなって
確信しています
亡くなってからじゃ遅いけど
本当はもっと沢山会って杏にも沢山会って欲しかった

私が5歳の時実母が亡くなって
父が私を連れて中華料理屋さんを回っていました
今で言う派遣会社に入っていたので一つの所に長く勤める訳でなく
転々としていたんだと思います

仕事に行く時雨が降ってて
私に黄色い合羽を着せてくれて
お父さんが「早くあるかないと間に合わなくなるぞ」といったら
5歳の私がお父さんの前を一生懸命走って一歩でも二歩でも先に歩こうとしていて
その雨合羽を着て一生懸命に走る私の後ろ姿が忘れられないと
それを思い出すと涙が出てくると言っていたのを思い出しました

養女に出す話しを蹴って
自分で育てると私を引き取ってくれたお父さん、ありがとう。


49日を迎えるまでは
家族や知人の所へあいさつ回りをしていると聞きました
今は誰の所へ行ってるのかな
家にも遊びに来てね

杏がいつも笑わしてくれていて
お父さんへの悲しみも癒されています


どうかお父さんが皆の待つ天国へ召されるように
心から祈っています。


64年間お疲れ様でした
そして私を育ててくれて愛してくれてどうも有難う御座いました。

又いつか逢えるその日まで
お父さんの分も一生懸命私は生きて行きたいと思っています。

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プロフィール

凪

Author:凪
40歳過ぎてから4人目の子を出産
可愛いわが子と大好きなスマップに日々癒されております

空、海、雲、緑、自然も大好きです♪

特に湘南の海は格別です
いつかは永住を夢見る4人の子持ちのパワフルママで御座います!!



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